毎年大体4日は湯原温泉に朝一番に行くのを恒例としています。朝8時に高速に乗り渋滞を覚悟で行きました。ふつう1時間半あると着くのに玉島付近で事故が発生し大渋滞…10時には着いてゆっくりの予定が
全然進まず途中米子道の賀陽でおりてしまいました。そこから道を間違えて井倉洞により結局湯原温泉に着いたのは2時過ぎでした。ふーー
それから蒜山高原へ行き食事をして帰りましたとサ
毎年大体4日は湯原温泉に朝一番に行くのを恒例としています。朝8時に高速に乗り渋滞を覚悟で行きました。ふつう1時間半あると着くのに玉島付近で事故が発生し大渋滞…10時には着いてゆっくりの予定が
全然進まず途中米子道の賀陽でおりてしまいました。そこから道を間違えて井倉洞により結局湯原温泉に着いたのは2時過ぎでした。ふーー
それから蒜山高原へ行き食事をして帰りましたとサ
風邪が日に日に悪化しついにダウン。年甲斐もなく声変わりしました。今日は休養する。ベースキャンプは道の駅「南相馬」です。ボランティアセンターまて゛10kmにあります。宿泊車の半数以上はボランティアです。京都、大阪、熊本、富山、青森、北海道、と様々です。昨日、一昨日と仮設暮らしの人とお話しましたが、共通に言うことは「親戚、知人、友人がバラバラになり、打ち解けて話せる人が居ないから寂しい」でした。この地区は放射能汚染地区なので帰還をあきらめた人も多いようです。
おめでとうございます!
可愛い孫(子供)を二人もうけて幸せに暮らしている姿を見るととっても嬉しいです
いつも気にかけてくれて孫ともどもショッチュウ様子を
見に来てくれる優しさには感謝している
何気に来て何も言わないけれど気をつけてくれているんだなって感じます 何度でも言います
ありがとう!気持ちが嬉しいよ
先日 大阪へ その息子の宮参りをした神社へ何十年ぶりかに行ってみた。東西線の放出駅前からすぐ。
41年前が昨日のように思い出されました。
大きな赤ちゃんでした。生まれたばかりなのにもう一か月くらいかと思うくらい。そこの産院で一番大きかったことを思い出す。
朝4時半、寝込みを踏み込まれた。「お休み中すみません。広島からですか?」「ボランティアに来ている」「」「ご苦労様です。いつからですか」笑顔で穏やかな質問だが眼は車内を隅々まで捜索している。「免許証を見せて下さい。ボランティアのことは知らないんですが、どこに行って行っているんですか」と白々しい。「そうですか。気をつけて、無理をなさらないように」この地区はパトカーがやたら多い。やはり悪い奴らもいるんだろう。
朝 コーヒーを飲みながらしばらくダベリング。彼はトラックドライバーらしいが、彼も中国、韓国の近代史の書物をかなり読んでるらしく、話はぴったりこん合う。やはり、現在の韓国政権のやりかたは問題だと言う。
朝から雨。雨の中の屋外作業です。センターで雨カッパを借りたつもりがウィンドブレーカーだったため全身ずぶ濡れ。リーダーに事情も言えず、ひたすら作業を続けた。休憩になると身体が冷え込み震えが止まらない。それでも事情が言えず頑張るのがこの世代の男。小高地区は さすがに田んぼの中の車や船は無くなっていたが、幅50センチ深さ50センチの側溝は津波で埋まり、おまけに葦の根がびっしり張っている。男10人がヘトヘトになっても やっと1時間に10m程しか進まない。ボランティアの数は圧倒的に不足している。
ボランティの初日は昨年と同じ南相馬市小高地区。この地区はいまだに住民は帰還できない。朝8時45分から朝礼があり、9時に各現場へ行く。現場ではまず1分間の黙祷をして作業に取りかかる。今日の作業は屋敷の掃除と農地側溝のどぶさらえ。16時に作業終了。めちゃくちゃハードな作業で泥まみれでヘトヘトになって、道の駅に帰り、軽四でバタンキュウ。
機内食は美味しく食べたのもあるしうーーーーんと言うのもあった
CAさんが洋食ですか和食ですかと尋ねてくれるが発音が悪かったのか 和食と言ったのに洋食が来てしまった夫
これは和食です 肉じゃがとおにぎり なぜかパンもあった
これは帰りの機内での食事 夜中の二時半でした みんなぐっすりと寝ていたので食事よりほっといて欲しかったぁ
2日目 朝 朝食を済ませて街をブラブラ
日曜日の朝は コンサート?かなにかしら学生さんたちが演奏をされるそうです ノリノリになっているとギャーと甲高い声
振り向いて見ると 女の人が真っ赤な顔をして怒っている
そうです バイクの国ベトナムのこと
彼女にどうも当たったらしい 彼女は怒る怒る
友達も怒り出し バイクの青年は周りの青年たちにボコボコに
されました 映画のシーンのようでしたよ コンサートは一時中止となり周りでは意味もないのにいざこざが起っておりました
やっぱり若い人の国ですね 血の気が多いなぁ
着いたその日 街をぶらぶら
ホーチミンも3年前よりも随分と綺麗で大きなビルが増えたり
建設中だったりで活気溢れていました
何といっても平均年齢がわかーーーーーい!!
それだけでも想像がつきますよね 26、7才と聞いております
大きなビルの窓を掃除していました 見てくださいネ
いっぱい報告がありますがしばらくの間
お待ちください
写真等あっちのデジカメ こっちのタブレットとなり
グッちゃくちゃでございます
しかし ベトナムはこれからがとっても楽しみな国だなぁ
活気があるなぁって思いました
あんまり年寄りさんがいません それは戦争が原因ですからね
以前行った時よりバイクが少ないかなって思いますが…
向こうの道へ渡るときは死ぬ覚悟でわたっておりました
ベンタン市場も随分と雰囲気というか何かが変わっていました
一緒に歩いてくれた通称 かおりちゃんは とっても可愛くって
ベトナムの日本企業に勤めている頑張り屋さんです
彼女を応援したいと思いました
少しづつ報告します 今はグッチャグチャ m( __ __ )m